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花粉症の歴史を辿る―いつから日本で広まったのか

春の窓辺でスギ花粉が舞う中、マスクをした女性が窓の外を見つめている柔らかな光の情景 花粉症

日本で花粉症が学会に初めて報告されたのは1961年。ブタクサ花粉症の発見から始まり、戦後のスギ植林と重なって、わずか60年余りで国民の約半数が悩む病気へと広がったの。

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花粉症はいつから日本にあったの?最初の報告は1961年

日本で花粉症が学会に報告されたのは1961年、荒木英斉博士によるブタクサ花粉症が最初よ。

東京周辺で空中花粉調査を行い、その結果を学会で発表したのが始まりなの。

海外ではもっと早く、1819年にイギリスのボストックが「枯草熱(hay fever)」として症例を報告していて、1873年には同じくイギリスのブラックレイがイネ科植物の花粉が原因だと突き止めているわ。

欧米の花粉症研究の歴史は約140年あるのに対して、日本はまだ半分にも満たない。研究の蓄積という意味では、日本はずいぶん後発だったのね。

わたしはここに、日本人の生活と自然の距離感の違いを感じるの。欧米では牧草地の干し草との接触が身近な生活シーンとしてあったからこそ、早くから症状に気づかれた。一方日本では、スギやヒノキといった木本花粉が主役になるまで、花粉と病気を結びつける発想自体が薄かったのだと思うわ。


なぜ日本で花粉症研究が遅れたのか―GHQのエピソード

太平洋戦争が終わり、米軍が日本に進駐してきたとき、GHQは当時の厚生省に花粉の資料提供を求めたという逸話が残っているの。

理由は単純で、進駐してきた米兵の中にブタクサ花粉症の人がいたから。

でも当時の日本には花粉症の研究どころか、花粉の観測データそのものが存在しなかった。厚生省の役人はGHQの要求の意味すら分からず、困惑したというのだから驚くわよね。

この逸話が示しているのは、戦前・戦後すぐの日本では花粉症という病気自体が「存在しないもの」として扱われていたということ。まさに文字通り「昔はなかった」病気だったのよ。


スギ花粉症の発見―栃木県日光市がきっかけだった

日本特有ともいえるスギ花粉症が発見されたのは1963年。斉藤洋三博士が栃木県日光市で、春先に鼻や目の症状を訴える患者が多いことに気づいたのがきっかけだったの。

日光杉並木を目にした斉藤博士は、これがスギ花粉アレルギーではないかと疑い、調査の末にその因果関係を明らかにしたのよ。

ブタクサ花粉症の報告からわずか2年後の発見ね。

※画像はAIによるイメージ

以降、日本では花粉症の原因植物の報告が次々と続いていくわ。1960年代のコナラ・シラカンバ、1970年代のハンノキやクロマツ、1980年代のヤナギやナシ、そして1990年代にはミカンやオリーブまで――現在では50種類以上の植物が花粉症の原因として突き止められているの。

この年表を見ると分かるのだけれど、花粉症は決して「スギだけの病気」ではなく、時代を追うごとに私たちの生活圏にある植物すべてが対象になっていったのよね。


なぜ戦後にスギ花粉症が急増したのか―植林の歴史

花粉症が戦後から増加し始めた最大の理由は、スギの大量植林にあるの。

戦中・戦後は資材不足で多くの森林が伐採され、荒廃した山を復興させるために大規模な植林が行われたのよ。スギは日本固有の樹種で加工しやすく、建築や家具など幅広い用途に使えたから、積極的に植えられたの。

でも、ここに大きな誤算があったの。伐採予定の時期になると、今度は安価な輸入材が普及してしまい、国産スギの多くが伐採延期になってしまったのよ。

結果的に伐採されずに残ったスギがどんどん成長し、大量の花粉を飛ばすようになったの。スギが花粉を本格的に飛散させるのは植林から20年ほど経ってからと言われていて、戦後に植えられたスギ林がちょうど成熟期を迎えた時期に、花粉症患者が急増していったのね。

現在、全国の森林の18%、国土の12%をスギ林が占めていて、スギ花粉症は花粉症全体の約7割を占めるとされているわ。まさに戦後の森林政策が、何十年もの時を経て現代の国民病を生み出したと言えるの。


花粉症患者はどれくらい増えたのか―数字で見る拡大の歴史

日本における花粉症の広がりを、数字で追ってみましょう。

日本鼻科学会が全国の耳鼻咽喉科医とその家族を対象に行った全国疫学調査によると、アレルギー性鼻炎全体とスギ花粉症の有病率はこう推移しているの。

年アレルギー性鼻炎全体スギ花粉症
1998年19.6%16.2%
2008年29.8%26.5%
2019年49.2%38.8%

10年ごとの調査でほぼ10〜20ポイントずつ増え続けているのが分かるわよね。このペースが続けば、次回調査ではさらに数字が伸びていてもおかしくない、というのがこの推移から読み取れる単純な延長線上の見立てよ。

2019年の調査では、花粉症患者の45%以上を10~50代が占めていて、特に20代から40代では有病率が45%を超えているわ。もはや「若い人には関係ない」病気ではなくなっているのよ。


花粉症が急増した歴史的な背景―植林以外の要因

戦後のスギ植林が主因だとしても、それだけでは説明しきれない部分もあるの。専門家の調査によると、大気汚染や食生活の変化も花粉症拡大の背景にあると考えられているわ。

花粉の表面には「Cry j1」、内部には「Cry j2」というアレルゲン物質があって、これが体内に入ることで花粉症を引き起こすの。

通常、自然な状態なら花粉からアレルゲンが分離する確率は2割程度なのだけれど、黄砂や自動車排気ガス、工場の排煙といった大気汚染物質と接触すると、約8割まで分離率が上がってしまうという研究結果があるのよ。

さらに、日本人の食生活が欧米化し始めた時期と花粉症患者が増え始めた時期が重なることも指摘されているわ。動物性たんぱく質や脂肪の摂取が増え、腸内環境が変化したことがアレルギー体質に影響しているのではないか、という見方ね。

加えて近年は、結核など感染症にかかる人が激減したことで、体内の免疫バランスが変化し、花粉にアレルギー反応を示しやすくなったという説も研究者の間で語られているの。

※画像はAIによるイメージ

なぜ日本だけスギが主役になったのか―世界との比較で見えること

花粉症は日本だけの病気ではないわ。アメリカ、南アフリカ、オーストラリア、カナダ、スウェーデン、オランダ、スペイン、イギリス、フランス、イタリア、ロシアなど、多くの国で報告されているの。

「世界三大花粉」と呼ばれるのは、スギ・イネ・ブタクサの3種類。地中海地域はヒノキ、北欧地域はシラカンバ、北米地域はブタクサが中心とされていて、地域ごとに主役となる植物が違うのよ。

ここで注目したいのは、なぜ日本だけがここまで「スギ」という単一樹種に偏った形で花粉症が拡大したのかということ。

欧米の花粉症は牧草や雑草など、もともと生活圏に自然分布していた植物が原因になっているケースが多いの。一方日本のスギ花粉症は、国が政策として単一樹種を大規模に人工植林したことが直接の引き金になっているという点が特殊なのよ。

つまり日本のケースは「自然に起きたアレルギーの拡大」ではなく、「人為的な森林政策が生んだ健康問題」という側面が強い。これは他国の花粉症の歴史にはあまり見られない構図だと、筆者としては考えているわ。

一方で韓国や東南アジア、ハワイ、グアムなどには花粉症がほとんど見られず、日本国内でも沖縄ではスギ林が少ないため花粉症の人をあまり見かけないというから、気候・植生・そして植林政策の有無が大きく関わっているのでしょうね。

海外では花粉生産量の多い樹種の植栽制限や、原因となる樹林の刈り込み・駆除といった対策が取られている国もあるわ。日本でも近年、政府がスギ人工林を2033年度までに約2割減少させる目標を掲げて、花粉の少ない品種への植え替えや伐採を進めているところなの。


花粉症の歴史から見えてくること―考察

こうして花粉症の歴史を辿ってみると、これはただの「体質の問題」ではなく、日本の戦後復興そのものが生んだ副産物だということが見えてくるわ。

木材需要を満たすために植えたスギが、時代の変化で伐採されずに残り、20年後、30年後に大量の花粉を飛ばし始めた。個人としては、この時間差の長さが花粉症という病気の厄介さを象徴していると感じるの。原因を植えた世代と、症状に苦しむ世代がずれているのよね。

また、1961年のブタクサ花粉症報告からわずか60年余りで有病率が5割に迫るという増加スピードは、単一の要因では説明がつかない。植林、大気汚染、食生活、感染症の減少――複数の社会的変化が重なり合って、この病気を「国民病」に押し上げたのだと筆者としては考えているわ。

さらに、日本のスギ花粉症が「政策が生んだアレルギー」だという点は、今後の対策の難しさにも直結しているの。自然に生えた植物とは違い、人が植えた木を人の手でどう減らしていくかという、林業や経済とも絡む長期戦になるからよ。

今後の見通しとして、政府のスギ人工林減少策が効果を発揮するまでには、植林の歴史がそうだったように、やはり数十年単位の時間がかかると予想されるの。花粉の少ない品種への植え替えが進んでも、その木が成長して既存のスギ林に代わるまでには長い年月が必要だからよ。

つまり、わたしたちの世代が花粉症と向き合う期間は、まだしばらく続きそうだということね。対症療法に加えて、原因そのものに働きかける舌下免疫療法のような治療の選択肢を知っておくことが、これまで以上に大切になってくると思うわ。


まとめ

花粉症は1819年のイギリスでの報告に始まり、日本では1961年のブタクサ花粉症、1963年のスギ花粉症の発見を経て広まってきた、比較的新しい病気の歴史を持っているの。

戦後の大規模なスギ植林と、伐採されずに育った木々が花粉を飛ばし始めたタイミングが重なったことが、日本特有のスギ花粉症拡大の大きな要因よ。

そこに大気汚染や食生活の欧米化といった社会の変化が重なり、1998年に約2割だった有病率は2019年には約5割にまで達したの。海外の花粉症の多くが自然分布の植物由来であるのに対し、日本は人為的な植林政策が引き金になっている点が特殊であり、だからこそ対策にも長い時間がかかるのね。花粉症の歴史を知ることは、今の症状とどう付き合っていくかを考えるヒントにもなるはずよ。


よくある質問

花粉症が日本で最初に報告されたのはいつですか?

1961年に荒木英斉博士がブタクサ花粉症を学会に報告したのが最初とされているわ。スギ花粉症はその2年後、1963年に斉藤洋三博士によって発見されたの。

なぜ戦後にスギ花粉症が増えたのですか?

戦中・戦後の資材不足を補うために大量のスギが植林されたものの、伐採予定の時期に安価な輸入材が普及し、多くのスギが伐採されずに残ったからよ。育ったスギが大量の花粉を飛ばすようになったの。

なぜ日本だけスギ花粉症がこれほど多いのですか?

海外の花粉症の多くは牧草や雑草など自然分布の植物が原因なのに対し、日本のスギ花粉症は国の植林政策によって単一樹種が大規模に植えられたことが直接の引き金になっているの。人為的な要因が強い点が、日本特有の特徴と言えるわ。